鬼滅の刃が205話でキレイに完結しました。


205話でストーリー上で何らかの区切りがつく事は予想されていましたが、私的には2部に突入するか、今後もスピンオフ作品を描くような流れになると予想していましたので、こんなに潔く終わりを迎えるとは思っていませんでした。


ジャンプ編集部はずっとクライマックスという言葉を使っていましたが、作者からはここで完結という強い意志を感じました。スピンオフ作品は今後も制作されるんでしょうが、作者は監修となるぐらいで自らが創作することはないんじゃないかな?と思いました。(あくまで私の予想です。)


物語の考察はディープなファンに任せて、本記事は30代後半男の私が「鬼滅の刃」最終回を読んで感じたことを書きます。キーワードは儚さです。

最終回の儚さ

30代後半の私は今まで多くの物語の結末を見てきました。好きな物語が終わる儚さ(寂しさ)にはもう慣れたつもりでしたが、鬼滅の刃が終わった寂しさは大きいです。あまり好きな言葉ではありませんが、鬼滅ロスというやつでしょうか?最終回を読んでこんな気持ちになったのは横山光輝先生の「三国志」や浦沢直樹先生の「YAWARA」以来です。(異論はいくらでも認めます。)


黄金期からジャンプを読んでいる私は「ドラゴンボール」「SLAMDANK」「幽☆遊☆白書」が大好きで最終回は全てリアルタイムで見ましたが、鬼滅の刃ほどの寂しさはありませんでした。これは漫画の面白さとは関係ないと思っています。
「あなたが一番好きな漫画は何ですか?」と聞かれたら、私はドラゴンボールかSLAMDANKと答えるし、「好きな作家は?」と聞かれれば冨樫義弘先生か福本伸行先生です。でも最終回の寂しさという点に関しては最初に紹介した漫画の方が上でした。この違いは何なんでしょうか?


自分なりに分析して見た結果、鬼滅の刃は最終回で最高潮を迎えた点と良い意味で余白のある漫画だったことが寂しさの理由だと思います。


幽☆遊☆白書は仙水編が最高に面白くて(小学生にはグロかったけど)、その後の魔界編も嫌いではありませんがピークは無かったと思います。蔵馬や飛影の過去編は最高のエピソードですが、連載初期の設定とは明らかに変わっていたと思います笑。子どもながらにも冨樫先生は限界だったんだろうなと感じていました。
ドラゴンボールも似ていて、どこがピークかは人によって意見が違うでしょうが、ジャンプ誌上ではフリーザ編が一番人気だったようです。その後はムダに引き延ばされたと否定的な人もいますが、フリーザ編以降も魅力的なキャラやセリフもあるので、私はフリーザ編以降を全否定はしません。最終回は寂しかったけど、やっと終わったか~という感じもしました。
SLAMDANKは最終回もジャンプの表紙だったように、最終回がピークでした。湘北VS山王戦は後世に語り継がれる試合でしょう。当時はもっと続きを読みたいという想いもありましたが、不思議と寂しさはありませんでした。SLAMDANKは主人公:桜木花道の数か月間が数年に渡って濃密に描かれていて、物語の余白は少ないです。それと子どもながらに(山王戦以上の試合はないだろう)という感じもしました。表現が難しいんですが、最終回に納得してしまった気がします。


話が大きく逸れましたが、「鬼滅の刃」の魅力は極限までエピソードやセリフを削って読者に想像の余地を与えながら進んでいく表現力にあったと思っています。さらっと悲しいエピソードを描くのがメチャメチャ上手いです。また、前回204話のそれぞれのキャラクターのセリフも吾峠呼先生らしい描き方だなと思いました。


もっと色んなキャラクターのエピソードや無惨を倒した後の世界が読みたかったけど、まさにそこが余白で読者に想像の余地を与えているんだと思います。おそらく、リアルタイムで追いかけた人がこういう感情になるのであって、後でこの漫画を読む人にとってはこの最終回がベストなんだろうなとも思います。


となると作品としてはここで終わらせるのが正解だった・・のかな。


※またまた余談ですが、三国志は歴史や歴史上の登場人物という壮大な余白と主人公が建国した国が滅びてしまうがそれでも歴史は続いていくという儚さがたまらない最終回です。YAWARAはずっと読者にもどかしさを与える展開で最終回でやっとすっきりするんですが、この最高潮で終わり??というのとともう少しエピローグ読みたかったな~という点で寂しさを感じました。

才能の儚さ

宮崎駿監督作品の『風立ちぬ』で「創造的な人生の持ち時間は10年だ設計家も芸術家も同じだ。君の10年を力を尽くして生きなさい。」という好きなセリフがあります。引退を何度も撤回して作品を作り続けている宮崎駿さんのセリフとしては違和感もありますが(笑)、一方で宮崎監督で傑作と言われるのはやはり昔の作品が多い気がします。


吾峠呼先生は20~30代で鬼滅の刃を描いたみたいで、これからも新しい作品を作り続けていくのでしょうけど、鬼滅の刃ほどの創造的な作品をいくつも作るのは大変でしょう。


このことを自分に置き換えると30代後半の私には既に創造性が無くなってるな~と感じることが良くあります。私はクリエイターではないので、作品を作るという事はありませんが、今の仕事で革新的なアイデアや仕組みを考えることはもう出来ないかも知れません。この人間の才能というものに私は儚さを感じずにいられません。


もちろん40~50代は経験や知識を活かして、物事を改善したり失敗を減らしたりすることは出来ます。でもイノベーションは作れないでしょうし、10~20代の人とは感性も違っているし、下手したら老害になりつつあります。若い人は凄いなと思うし、吾峠先生の感性には嫉妬すら覚えます(笑)


ちなみに漫画家で言えば、多種多様なジャンルの作品を亡くなる直前まで描き続けた手塚治虫先生は偉大すぎると思っています。


色々と駄文を書きましたが、私が言いたいのは鬼滅の刃は本当に素晴らしい作品でした。また、漫画に真摯に向き合っている作者の姿勢にも感心しました。それと比較してHUNTER×HUNTERもいい加減に続き描くか、やる気がないならもう終わらせてしまえという気がしてきました(笑)。


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